1 今国会に提出された検察庁法改正案を含む国家公務員法等の一部を改正する法律案は、その第4条
で、①全ての検察官の定年を現行の63歳から65歳に段階的に引き上げるとともに(改正後の検察
庁法22条1項。以下、同)、②最高検次長検事、高検検事長、地検検事正、区検上席検察官につい
て63歳の役職定年制を導入する(次長検事、検事長について22条4項、検事正について9条
2項、上席検察官について10条2項)ものである。他方で、③「職務の遂行上の特別の事情を勘案
して、当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める
事由」があると判断すれば、内閣がその裁量で(ア)検事総長については65歳定年後68歳まで、
次長検事と検事長については63歳役職定年後66歳まで勤務延長することができ(検事総長につい
て22条2項による国公法81条の7の読替適用。次長検事と検事長について、22項5項ないし8
項、同条2項による国公法81条の7の読替適用。)、また、法務大臣はその裁量で(イ)検事正と
上席検察官について、63歳の役職定年後66歳まで勤務延長でき(検事正について9条3項ないし
4項、22条3項による国公法81条の7の読替適用。上席検察官について10条2項。)、検事と
副検事について、65歳定年後68歳まで各勤務延長できる(22条3項による国公法81条の7の
読替適用)という勤務延長特例措置を導入するものである。
2 しかし、この改正案の定める勤務延長特例措置については、日弁連から、検察官が、その職務の性
質上、政治権力からの一定の独立が要求される立場であること等を勘案すると、「内閣ないし法務大
臣の裁量により役職延長や勤務延長が行われることにより、不偏不党を貫いた職務執行が求められる
検察の独立性が侵害されること」が強く危惧される(本年5月11日日弁連会長声明)という批判が
なされたほか、全国多数の弁護士会や著名人を含む多方面からも同様の意見表明がなされている。ま
た、前例のないことであるが、元検事総長ほかの検察OBからは法務省に意見が提出され、「今回の
法改正は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化し、政権の意に沿わない検察の動きを封じ
込め、検察の力を殺(そ)ぐことを意図していると考えられる」(本年5月15日朝日新聞DIGI
TAL)という指摘までなされるにいたっている。
3 沿革的にも、大正10年改正の検察庁法は、検察官の勤務延長制度を導入していたものの、昭和
22年の検察庁法では、勤務延長制度を採用しなかった。
検察庁法32条の2は、「検察官の職務と責任の特殊性に基づいて」国家公務員法の特例を定めた
と規定しており、昭和56年に国家公務員法が定年後勤務延長制度を導入した際も(現行81条の
2、81条の3)、国家公務員法第81条の2第1項の「別段の定め」に当たるものとしては検察庁
法第22条の規定があるとされ、検察官には同法の定年や勤務延長の規定は適用されないとの解釈が
確認されている(昭和55年10月総理府人事局の想定問答集、昭和56年4月28日衆議院内閣委
員会議録24頁)。以後、一貫して、政府の公式見解でも、本年1月の閣議決定にて解釈変更が行わ
れるまでは、国家公務員法に定める勤務延長制度は検察官には適用がないという運用がされてきてい
たのであるから、これを改めるというのであれば、政府はこれを必要とする立法事実を明らかにする
必要がある。
ましてや、昨年10月の時点では、検察庁法に勤務延長制度を設けるような改正案ではなかったの
であるし、勤務延長が可能となる「職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該検事を他の職に補す
ることにより公務の運営に著しい支障が生ずると認められる」場合とはいかなる場合なのか、その基
準も何ら説明されておらず、恣意的な運用はしないというだけでは十分な説明とは言えない。
4 他方、衆議院内閣委員会(本年5月13日)において、昨年10月時点の改正案には勤務延長がで
きるとの規定が無かったのがその後追加された理由は何か、立法事実はあるのか、昨年10月時点で
公務の運営に著しい支障が生じるなどの問題が生じることは考え難く勤務延長制度は不要であると検
討は尽くされていたのではないかとの質問がなされたが(階猛委員)、これに対し、政府は、昨年
10月の時点では「職務の特殊性から、職員の一斉の退職により補充すべきポストが一斉に生じるこ
とで、後任の補充に難を生ずるおそれがあるか否かという視点のみから検討されていた」ところ、そ
の後、「検察官についても、他の一般職の国家公務員同様、職務遂行上の特別の事情から見て、特定
の職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる場合があるとの結論に至り、今般
の解釈変更を行ったものである」旨の答弁がなされているところである(武田良太大臣)。
5 以上のとおり、検察庁法改正案のうち、内閣や法務大臣が検察官の定年を超えて勤務延長をさせる
ことができるとの特例措置を導入する部分には、検察官の職務と責任の特殊性の考え方や立法事実の
存否について大きな争いがあり、また、どのような場合に勤務延長が認められるのかという点につい
ても十分な検討がなされているとは言うことはできず、国民的にも国会においてさらなる議論を尽く
す必要がある。
また、何よりも新型コロナウィルスの封じ込めこそが最優先の課題である現時点において、法案の
提出の経緯及びその内容の問題点について各方面からの広範な批判や疑問が出ているにもかかわら
ず、本法案につき十分に審議を尽くすことなく、他の法案に優先して成立させることは適当とは言え
ないというべきである。
よって、当会は、検察官の定年後勤務延長特例措置を今国会で導入することに反対し、国民の間及
び国会においてさらに議論を深めることを求める。
2020年(令和2年)5月18日
第一東京弁護士会
会長 寺 前 隆