• 2008.02.14
  • 声明・決議・意見書

捜査官による取調べの全過程の可視化(録画・録音)を求める会長声明

-冤罪の防止と裁判員制度の適正な運用を求めて-

 わが国の刑事事件の取調べが完全な密室の中で行われてきた弊害は大きい。すなわち、完全な密室の中での違法かつ不当な取調が繰り返されて、自白調書の作成過程を検証できないままに、虚偽の自白に基づく有罪判決が言い渡され、冤罪が生み出されてきている。

 昨年は、鹿児島における志布志事件・佐賀における北方事件・富山における氷見事件において、被疑者自白調書があるにもかかわらず、無罪または再審無罪の判決が繰り返された。

 志布志事件(平成15年の鹿児島県議選において、公職選挙法違反で起訴された被告人12名全員が無罪とされ、そのうち、6名が捜査官による違法・不当な取調べの結果、虚偽自白に追い込まれた。)では、被告人の供述調書の任意性・信用性を立証するなどのために54回(判決期日を含む。)もの公判が開廷され、長期間の裁判を余儀なくされた。

 また、北方事件では、深夜にまで及ぶ17日間の取調べが行われ虚偽の自白を認める上申書を書かされている。

 ところで、日弁連は、平成20年1月30日「氷見事件」の調査報告書を公表した。この事件は、平成14年に発生した強姦・同未遂事件の被告人が、懲役3年の実刑判決により、2年2ヵ月服役した後、偶然にも、別の事件で逮捕された者が自白をしたため、冤罪が判明し、平成19年10月に再審により無罪判決が確定している。

 同報告書によると、捜査当局は、被疑者を犯人であると決めつけ、虚偽自白を作出し、裏付捜査を怠り、被疑者に有利な証拠を排除又は無視するなど捜査手続上故意にも等しい重大な違法行為があり、このことが本件の冤罪の原因であり、取調べの可視化がなされていれば、虚偽自白が防止された可能性が高く、仮に自白がなされたとしても、自白に至る経緯が明白になり、被告人の無罪が早期に明らかになり得たと結論づけている。

 そして、これら三事件は、いずれも特殊な事案ではなく、わが国での密室での取調べが抱えている根本的な弊害を明らかにする事案であり、密室による取調べが抱えている本質的かつ致命的な欠陥を実証している。

 さらに、平成19年5月開催の国連拷問禁止委員会では、日本政府に対し、「警察拘禁ないし代用監獄における被拘禁者の取調べが、全取調べの電子的記録及びビデオ録画、取調べ中の弁護人へのアクセス及び弁護人の取調べ立会いといった方法により体系的に監視され、かつ、記録は刑事裁判において利用可能となることを確実にすべきである」と勧告している。

 また、欧米諸国のほとんどの国において、また、アジアでも韓国・台湾・香港・モンゴルなどにおいて、取調べの録画・録音の実施、または、弁護人の立会等による可視化が実現されている。ところが、わが国の刑事手続では、未だに密室での取調べが繰り返されており、被疑者・被告人の憲法上の人権保障の規定が空文化している。

 ところで、平成21年5月には、裁判員制度が実施される。裁判員制度においては、一般市民が重大事件の有罪無罪の判断を行い、かつ、量刑の判断も行うことになる。
 市民の司法参加は、民主主義の原点であり、裁判員制度は、司法への市民の信頼と支持を直接的な形で築いていくための重要な制度である。

 そのためには、裁判員制度において、裁判員にわかりやすい刑事裁判を実現し、かつ、刑事裁判の審理を短期間で終結させ、裁判員の負担を軽減することが必要である。
 日本の刑事裁判が長期化する主たる原因は、捜査段階での被告人の供述調書の任意性・信用性が争われ、そのために、検察官・警察官及び被告人の尋問が延々と続くことである。

 裁判員が、被告人の供述調書の任意性・信用性を判断することは、とても困難なことであり、現在の刑事裁判手続きのままでは、裁判員制度が適正に運営することができなくなる。
 そこで、裁判員制度の裁判において、裁判員にとってわかりやすくかつ迅速な裁判を実現するためには、取調べの可視化を導入することが不可欠である。

 取調べの可視化とは、被疑者の取調べの全過程を録画・録音することである。即ち、裁判員は取調べの可視化により、被告人が自白に至る経緯を検証することができることになり、自白の真偽を容易に判断できることになるのである。

 以上のとおり捜査手続きを適正化し、裁判員裁判制度を適正に運営するために、取調べの可視化を早急に実現することが何よりも重要である。

 よって、裁判員制度の実施を目前に控え、速やかに、被疑者取調べの全過程を録画・録音し、これを欠くときは証拠能力を否定する法律を整備することを求めるとともに、同法整備が為されるまでの間、各捜査機関において、被疑者または弁護人がこれを求めたときには、即時に被疑者取調べの全過程の録画・録音が実施されることを求めるものである。

平成20年(2008年)2月14日
第一東京弁護士会
会 長  加 毛    修

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