1 司法制度改革審議会意見書(以下、意見書という)は、弁護士報酬の敗訴者負担について、「勝訴しても弁護士報酬を相手方から回収できないため訴訟を回避せざるを得なかった当事者にも、その負担の公平化を図って訴訟を利用しやすくする見地から、一定の要件の下に弁護士報酬の一部を訴訟に必要な費用と認めて敗訴者に負担させることができる制度を導入すべきである。この制度の設計に当たっては、上記の見地と反対に不当に訴えの提起を萎縮させないよう、これを一律に導入することなく、このような敗訴者負担を導入しない訴訟の範囲及びその取扱いの在り方、敗訴者に負担させる場合に負担させるべき額の定め方等について検討すべきである。」と提言している。
現在、司法制度改革推進本部司法アクセス検討会において、上記意見書を受け、弁護士報酬の敗訴者負担制度の取扱いについて、導入を前提に本格的な検討が開始されようとしている。
しかし、意見書では、市民が容易に自らの権利・利益を確保し実現できるよう、あくまで市民にとって司法へのアクセスを拡充するための制度として提言されていることを忘れてはならない。
従って、その法制化に向けての検討においては、裁判の現場、裁判の実情等を踏まえ、市民のアクセスが容易になるか否かの観点から十分な検討がなされなければならない。
2 ところで、民事裁判制度は、私人間の紛争解決手段として、公権的・最終的なものであり、市民が裁判所の判断を仰ごうとする場合には、そのアクセスは十分に保障されていなければならず、そのことは憲法32条の要請でもある。
意見書は、弁護士報酬を回収できないことが、裁判所へのアクセス障害になっているかのように述べているが、そのような事例は殆ど想定し得ない。
むしろ、敗訴者負担制度は、契約書面を事前に完備して訴訟に臨むことができる貸金業者や経済的余力のある当事者を除き、逆に市民の司法へのアクセスを抑制することになる。
すなわち、裁判になるケースは、事前に証拠が揃っていて勝訴確実というケースは少なく、当事者双方にそれなりに理由や事情があるのが通常であり、その正当性を裁判の過程で双方が主張と立証を尽くし、最終的に裁判所によって判断が下されて勝敗が決定するものであり、訴えを提起する段階、または訴えを提起された段階で、裁判の結果を確実に見通すことは不可能な場合が多い。
このような裁判の実情からして、もし敗訴した場合に相手方の弁護士費用の一部までも負担しなければならないとすると、敗訴者は自分の依頼した弁護士報酬に加えて相手方の依頼した弁護士報酬も負担するという二重の負担になるため、経済的弱者は訴えを提起したくてもそれを躊躇したり取りやめざるを得なくなり、また、訴えを提起された場合には、応訴するかどうか迷うだけでなく、それ自体で恐怖を感ずるような制度になってしまう。
さらに、敗訴者への負担の可否、あるいは負担させる額の決定を裁判所の裁量に委ねることは、裁判所の裁量権を不当に拡大させる危険性がある。
いずれにしても、弁護士報酬の一般的(双方向的)な敗訴者負担制度の導入は、裁判を経済的弱者から奪い、経済的強者のみの制度に変えてしまう危険があり、また裁判制度本来の人権保障機能や社会の変化に対応した判例の発展や司法の活力ある法創造的機能を損なうものであって、司法制度改革の基本理念である市民に開かれた、市民の利用しやすい司法の実現には逆行することになる。
唯一、導入が考えられるとすると、国や地方自治体に対する公益のための訴訟などに限って原告勝訴の場合にのみ被告に弁護士報酬を負担させるという片面的敗訴者負担制度であろう。
3 弁護士報酬の敗訴者負担によって濫訴を防止しようとする見地も考えられるが、現在でも濫訴については損害賠償責任が認められており、特別の制度を必要とするものではない。
また、裁判所へのアクセス拡充の要請には、提訴手数料の低額化、訴訟救助及び法律扶助制度の充実等によって、その目的を達成すべきである。
敗訴者負担制度を採用しているヨーロッパ諸国では、司法制度の違いに加え、法律扶助制度が充実し、また訴訟費用保険が国民に浸透しているなど、上記問題が解決された上でのことであり、このような社会的基盤なしに、十分な議論や検証がなされないまま性急に敗訴者負担制度を導入すべきではない。
4 以上の理由から、当会は、弁護士報酬の一般的な敗訴者負担制度の導入に強く反対するものである。