• 2008.09.02
  • 声明・決議・意見書

消費者のための「消費者庁」の実現を求める意見書

 本年6月13日政府の消費者行政推進会議は最終報告書で「消費者行政を一元的に推進するための強力な権限を持った新組織を創設する」とし、その新組織としていわゆる「消費者庁」(仮称)(以下、単に「消費者庁」という。)を発足させることを提言し、これを受けて同6月27日には「消費者庁」の設置を内容とする「消費者調整推進基本計画」が閣議決定された。この「消費者庁」の組織権限等としては以下の6つの事項を織り込むように求める。

第1 意見の趣旨
 「消費者庁」が、真に消費者の権利の実現を図る組織として活動できるよう、以下の事項を実現することを求める。
1 消費者からの相談窓口を拡充・強化するため、「消費者庁」に総合的な相談窓口を設置し、併せて相談の苦情処理・紛争解決機能を持つように法的整備を行うこと。
2 「消費者庁」が製品事故や取引被害等の情報を一元的に集約し、被害拡大防止のために必要と判断した場合には、事業者名・商品名等を公表する権限を付与すること。
 また、この公表権限の前提として、商品テストなど、集約された情報の分析・調査のために必要な機能や権限、設備を充実させること。
3 「消費者庁」に、消費者政策の企画・立案・推進を行う権限を付与するとともに、監督官庁に対して規制権限行使を促す勧告権限や事業者に対する直接的な規制権限も与えること。
 そして、「消費者庁」には、これらの権限行使に十分な人員を配置し、予算措置を講じること。
4 「消費者庁」に違法収益吐き出し制度と被害者への分配制度を導入すること。
5 「消費者庁」の施策決定の審議に消費者の参加を制度的に保障することと、消費者が「消費者庁」の活動を監視する制度を導入すること。
6 地方消費者行政の拡充を図るため、地方自治体は消費者行政の体制・人員・予算を拡充・強化し、国はこれに必要な法制度の整備及び財政措置を講じること。

第2 意見の理由
1 はじめに(総論1)
(1)わが国においては、以前から、食品や製品の欠陥による被害、現物まがい商法・霊感商法等の詐欺的取引被害、クレジット・サラ金被害等、深刻かつ多様な消費者被害が数多く発生してきた。最近話題となった消費者被害を見ても、不二家、「白い恋人」の石屋製菓、ミートホープ、赤福、船場吉兆、などの食品の偽装表示や不正表示、C型肝炎問題などの薬害、住宅の耐震構造偽装や耐火性能偽装、石油温風機や湯沸かし器などによる製品事故、商品先物取引、海外先物オプション取引、ロコ・ロンドン貴金属取引等の投資取引被害、近未来通信やエル・アンド・ジー、ワールドオーシャンファームなどによる悪質商法被害、羽毛布団や呉服の次々販売などによるクレジット被害、英会話教室NOVAの倒産などの消費者トラブル、消費者金融やクレジットの利用による多重債務被害など、列挙に暇ない程である。全国各地の消費生活センターが受け付けた相談件数は,1996年度は約35万件であったものが,2006年度は約110万件にも上っており、こうした消費者被害が一向に減少しない現実が明らかとなっている。
 そして、このような消費者被害が減少しない理由の一端が、わが国の消費者行政の体制・機能が不十分であることにないとは言えない。
(2)2007年10月、福田康夫総理大臣は、就任直後の所信表明において「生産第一という思考から国民の安全・安心を重視し、真に消費者や生活者の視点に立った行政に発想を転換し消費者保護のための行政機能の強化に取り組む」と述べ、本年1月18日の第169回国会での施政方針演説では、「消費者行政を統一的・一元的に推進するための強い権限を持つ新組織を発足させ」ることを表明した。そして、本年4月23日には、消費者行政推進会議において、6つの基本方針と守るべき3原則を発表し、「消費者庁」を来年度に発足させることと、そのために必要な予算・法律案の準備を進めることを明らかにした。
(3)そして、本年6月13日、消費者行政推進会議は、最終報告書を取りまとめ、縦割り行政の弊害や産業育成省庁の限界を踏まえ、消費者・生活者の視点に立った行政への転換を図るため、消費者行政を統一的・一元的に推進するための強い権限を持った新組織として、「消費者庁」を来年度に発足させることを提言した。これを受けて、本年6月27日、所管庁に対する指示や勧告、縦割り・すき間行政に迅速に対応するための諸権限や新規立法の権限を持ち司令塔としての役割を担う「消費者庁」の設置、地方消費者行政の飛躍的充実などを内容とする「消費者行政推進基本計画」(以下、「基本計画」という。)が閣議決定された。
(4)当会では、消費者相談や弁護団活動などを通じて、これまで数々の消費者被害事件に取り組んできた。そして、その都度、消費者被害を予防・救済し、消費者の権利を確立するための行政組織の必要性を痛感し、その実現を切望してきた。このため、当会としては、「消費者庁」がこのような行政組織として有効に機能し、真に消費者のための消費者行政が実現されることを強く求めるものである。

2 消費者被害の現状と消費者行政の問題点(総論2)
 先述のように、これまでに繰り返されてきた消費者被害事例を見ると、現在消費者行政体制や制度の問題点が浮き彫りになる。以下、主な問題点について述べる。
(1)情報集約制度の不備
 ガス器具一酸化炭素中毒事故やシュレッダー指切断事故では、縦割り行政の中で事故や被害情報が分散してしまったため、事故情報の分析や原因究明も行われず、その結果を公表し消費者へ注意喚起することなどもできなかった。このため、被害を未然に防止することも、その拡大を防ぐこともできなかったのである。
 このように、現在の消費者行政体制には、被害情報を一元的に収集するための制度が整備されていないという問題がある。
(2)監督権限の不行使
 外国語学校NOVA事件や和牛預託商法事件では、被害が多発しているにもかかわらず、監督官庁が調査・規制権限を迅速・適切に行使しなかったために、被害が拡大した。これは、現在の消費者行政が、消費者保護より産業の保護育成のほうを優先しがちな産業育成省庁によって担われていることの弊害とも指摘されている。
 このように、現在の消費者行政体制には、企業の被る損失や企業活動への悪影響を過度に配慮し、消費者保護のために必要な監督権限の行使が適切になされないという問題がある。
(3)縦割り行政における「すきま」の発生
 海外商品先物・海外商品オプション取引やロコ・ロンドン取引などの投資被害事件では、縦割り行政の中で、これらを直接的に規制する法令がなかったり監督官庁が明確でないために、どの官庁も適切な対応ができず、被害が拡大した。
 つまり、現状の消費者行政体制には、縦割り行政と細分化された規制法令の狭間である、いわゆる「すきま」が、構造的に発生するという問題がある。
(4)総合的施策の不足
 多重債務問題では、ヤミ金融対策は警察庁、貸金業規制法は金融庁、割賦販売法は経済産業省、セーフティネット等の社会福祉並びに雇用問題は厚生労働省が所管するというように、所管省庁が多岐にわたって分断されていた結果、統一的・総合的な施策を行うことができず、多くの被害を発生させた。
 つまり、現状の消費者行政体制には、複数の省庁に関連する問題について、消費者保護の視点から総合的・横断的な政策を企画・立案し、相互調整を行う仕組みが不足しているという問題がある。
(5)被害救済スキームの不足
 悪質商法被害では、適切に行政規制権限が行使されたとしても、これによって違法な事業活動を中止させるにとどまるため、事業者が違法に集めた収益を保全して被害者に還付する方法がなく、被害者は被害回復を図ることができない。
 このように、現状の消費者行政体制には、被害者の救済を図るためのスキームが不足しているという問題がある。

3 地方消費者行政の現状と問題点(総論3)
 消費者行政の充実を考える上で欠くことのできないのが、消費者にとって最も身近な相談窓口である消費生活センターを含めた地方消費者行政の拡充である。
 地方消費者行政は、消費者被害の増加、それに伴う相談件数の増大にもかかわらず、大幅な予算減少という厳しい現実にさらされている。全国の消費生活センターに寄せられる苦情相談件数は、2003年度から2005年度に架空請求事案により相談件数が突出して激増した時期を除外しても、2006年度の相談件数は1995年に比べ約4倍に増大している。ところが、地方消費者行政予算は、2006年度には1995年度から約42%減少しており、これは一般会計予算の減少幅と比べても異常に大きい。そして、予算とともに人員も削減され、相談窓口の機能と体制が不十分なものとなっている。
 また、消費生活相談員の待遇についても、ほとんどが非常勤嘱託等の地位で、給与も十分なものとは言えないケースが多く、長期間勤務しても昇給や手当もないことが多い。しかも、3~5年間で雇い止めとする自治体も少なくないため、知識や経験や積んだ途端に雇用を打ち切られることも珍しくない。さらに、消費生活相談員に対する研修制度も十分ではないなど、その地位や待遇は極めて劣悪なものになっている。

4 「消費者庁」の権能と地方消費者行政の充実(各論:意見の趣旨の理由)
 上述のような現在の消費者行政体制の問題点を克服し、真に消費者のための消費者行政を実現するためには、以下の6つ事項が実行されなければならない。
(1)総合的窓口の設置と紛争解決機能の付与
 消費者被害の防止や被害救済のためにまず必要と考えられるのは、被害に遭った消費者もしくは被害に遭いそうな消費者が、誰でもすぐに相談できる相談窓口である。このため、現在縦割り行政のなかで各省庁に独自に設けられている相談窓口を一元化し、消費者が利用しやすいものとするだけでなく、苦情の処理や紛争の解決まで行うことできるよう、「消費者庁」に総合的な相談窓口が設置されるべきである。
 そして、消費者にとって身近な相談窓口である地方の消費生活センターと連携することによって相談業務の向上を図るのみならず、相談窓口でのあっせん処理によっては解決困難な事案等については、苦情処理委員会(行政型ADR)を設けて高度な紛争解決機能を付与することにより、公正かつ迅速な被害救済を実現するためのシステムを構築することが求められる。
(2)消費者被害情報の収集、分析、公表
 上記2(1)のような情報の分散による消費者被害の拡大を防ぐためには、「消費者庁」に、製品事故や取引被害等の情報を、消費者からだけではなく、事業者や他の行政機関からも一元的に集約することができる体制が整えられなければならない。また、このように集約した情報を分析し、被害拡大防止のために必要と認められる場合には、事業者名・商品名等を公表する権限が付与されることも不可欠である。
 さらに、この公表権限が効果的に行使されるためには、集約された情報を調査・分析し、事故等の原因究明が可能な体制が整えられている必要がある。このため、「消費者庁」には、こうした商品テスト等の設備及び専門官を充実させなければならない。
(3)消費者政策の推進、法執行の推進
 上記2(2)、(3)のような監督権限の不行使や縦割り行政の「すきま」のために消費者被害が発生・拡大することがないよう、「消費者庁」には、消費者問題の責任官庁として、必要な施策の企画・立案・推進の役割を担わせ、各分野の政策の立案・推進について関連行政機関に対し勧告する権限が付与されなければならない。また、「消費者庁」は、各分野において許認可権限や行政規制権限を有する監督官庁に対し、規制権限を促す勧告権限を与え、これが功を奏しない場合や緊急性がある場合には、「消費者庁」が自ら事業者に対し、直接的な規制権限をこうしできるようにすべきである。
 そして、「消費者庁」がこれらの権限を有効に行使し、消費者被害の発生・拡大を防止するためには、各専門分野に通じた豊富な人材と十分な予算等が必要となる。このため、「消費者庁」には、この目的遂行に必要な人員と予算についての措置が確保されなければならない。
(4)違法収益吐き出しと被害者への分配
 悪質業者のやり得を許さず、被害に遭った消費者を救済するためには、「消費者庁」が、このような事業者の資産の凍結命令等を得て、被害者への配当原資を確保した上で、被害者全体のために事業者に対する損害賠償請求訴訟を提起し、勝訴判決に基づく損害賠償金を被害者に分配することができる制度の導入が不可欠である。また、その前提として、「消費者庁」に対し、事業者からの報告徴収権限、事業者への立入調査権限や第三者に対する回答義務を伴う照会権限など証拠収集のための権限を与えるべきである。
(5)消費者の参加
 消費者のための消費者行政を実現するためには、消費者行政を一元的に推進するのみならず、そこに主役である消費者の意見が反映される仕組みが確保されなければならない。
 具体的には、「消費者庁」の施策決定の審議への参加や、消費者からの法制度や行政処分等についての意見や質問に対して「消費者庁」回答義務を課すなど、消費者が「消費者庁」の活動を監視する制度を導入すべきである。
(6)地方消費者行政の拡充
 消費者被害の防止・被害救済を図るには、消費者にとって最も身近な地方自治体において、充実した消費者行政が実施されることが不可欠であり、これと国(「消費者庁」)とが互いに連携し合うことにより、より効果的なものとなる。このため、上記3で述べた地方消費者行政の現状は、早急に克服されなければならない。
 具体的には、複数の消費生活相談員を配置した消費生活センターを、1週間のうち5日以上常設的に開設するなど、消費生活センターの拡充を図るべきである。また、消費生活相談員の地位及び待遇の向上を図り、研修制度を充実させるなど、相談体制及び紛争処理機能を強化すべきである。
 そして、国は、これら地方消費者行政の拡充を推進するため、積極的な財政支援も行うべきである。

5 基本計画と今後の取り組み
 取本年6月27日に閣議決定された基本計画においては、上述のように、消費者行政を統一的・一元的に推進するための強い権限を持った新組織として、「消費者庁」を来年度に発足させることとしたほか、この「消費者庁」が所管すべき30の法案を明示した。また、情報の集約分析・発信機能、所管省庁への指示・勧告機能、関連省庁の調整・指示機能、すき間事案への対応など「消費者庁」が消費者行政の司令塔として有する機能と権限を明らかにし、消費者の目線に立って幅広い分野を対象に新法等の企画立案を行う権限を付与するとした上で、そのために必要な組織・人員・予算を各府省庁から「消費者庁」へと移し替えるなどの体制整備を行うこととした。さらに、地方消費者行政の充実の必要性についても、「霞ヶ関に立派な新組織ができるだけでは何の意味もなく、地域の現場で消費者、国民本位の行政が行われることにつながるような制度設計をしていく必要がある。」「地方の消費者行政をこの1,2年の間に、飛躍的に充実させるためには、特に当面、思い切った取組が必要である。」として、地方の消費生活センターを法的に位置付け、全国的なネットワークを構築するなどして、一元的な相談窓口を実現するほか、国によるPIO-NETの整備や研修等の充実、地方交付税上の措置など財政上の措置についても言及している。
 当会としては、真に消費者のための消費者行政を実現する上では、「消費者庁」が上記のような6つの機能権限を持ち、地方消費者行政の充実が図られなければならないと考えており、これと方向性を同じくする基本計画の内容は高く評価できる。今後は、この内容が確実に実行され、消費者被害の予防・救済に実効性のある消費者行政が実現されることを求めるほか、今後の検討課題であるところの違法収益の剥奪等についても、法整備等が迅速に行われることを求めるものである。

以上

平成20年9月2日
第一東京弁護士会
会 長  村 越   進

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